『夏へのトンネル、さよならの出口』 未発表の書き下ろし短編小説を公開!

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    『夏へのトンネル、さよならの出口』

    (著:八目 迷 イラスト:くっか)

     

     

    7月18日の発売日以降、一般の方々、業界関係者、

    さまざまな方から感想をいただいております!

     

    胸を熱くさせながら、ひとつひとつ大切に目を通させていただいています。

     

    そんな時に、八目 迷先生がつい先ほど、

    発売の記念にと、短編小説を書き下ろしてくださいました!!!!!

     

    タイトルは、

     

    『あぜ道は夏の終わりに続いてる。』

     

    なにげない日常の一コマを切り取ったこちらの短編小説の中に、

    本編のネタバレはありませんので、

    まだ本編を読まれていない方も安心して読めます。

     

    けれど、

     

    すでに読まれている方には……。

     

     

    それでは、どうぞ!

     

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    あぜ道は夏の終わりに続いてる。

     

     

    「お兄ちゃん! 起きて!」

     元気いっぱいの甲高い声が、僕の眠りをパチンと覚ます。それと同時に、セミの鳴き声が耳に流れ込んできて、僕は朝の訪れを知る。

     接着剤でくっつけたみたいな重い瞼を開けると、視界に広がるのは見慣れた天井ではなく、間近に迫ったカレンの顔だった。頭の後ろから垂れたポニーテールが僕の頬をくすぐる。

    「ほらもう六時だよ! 早く行かなきゃラジオ体操に間に合わないよ〜!」

    「分かった分かった……起きるよ。起きるから、ベッドから降りて」

    「はーい!」

     カレンはベッドから飛び降りると、パタパタと駆けて僕の部屋から出て行く。その後ろ姿を見送って僕は起き上がる。勉強机の上に目をやると、夏休みの宿題である算数ドリルの横に、ラジオ体操のスタンプカードが見えた。

     小学六年生の僕と四年生のカレンは、夏休みの早朝に行われるラジオ体操に参加すると、お菓子や鉛筆なんかがもらえる。カレンはそれが目当てで張り切っているのだ。単に身体を動かしたいだけかもしれないけど。

     スタンプカードを手に取り、部屋を出る。

     母さんと父さんに「おはよう」をして、洗面所で顔を洗う。朝ごはんをカレンと一緒に済ませると、着替えてから、二人で「行ってきます」と言って家を出た。

     外の空気はひんやりしていて気持ちがよかった。昼間は鬱陶しく感じる蝉しぐれも、この時間帯はどことなく穏やかに聞こえる。

     しばらく国道に沿って進んだあと、道を外れてあぜ道に入った。この先にある神社でラジオ体操は行われる。

    「あ! 見て見て! ギンヤンマ!」

     カレンは一匹の大きなトンボを指差すと、嬉しそうにそれを追いかけ始めた。トンボ一匹で大はしゃぎするカレンが可笑しくて、僕はつい顔が綻ぶ。

     そのとき、背後から強い潮風が吹いた。

     田んぼが、四角く切り取られた海のように波打つ。みずみずしい稲の葉は、さわさわと音を立てて擦れ合う。僕は無意識のうちに足を止め、目の前の光景に見入っていた。

    「お兄ちゃん、どしたの? 眠い?」

     不思議そうに声をかけてきたカレンに、僕は「ううん」と首を振って答える。

    「夏休みがずっと続けばいいのにって、そう思ってさ」

     カレンは「そうだね」と言って笑った。

     夏休みはもうしばらくある。八月が終わるまで毎日カレンと遊べると思うと、胸が踊った。

     ――明日は、カレンと何をして遊ぼうかな。

     そんなことを思いながら、僕はあぜ道の先に歩を進めた。

                

                  ――了――

    • 2019.07.20 Saturday
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    • 23:09
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