【弱キャラ友崎くん】陰キャ脱出エピソード、コラボSSを公開!!
「弱キャラ友崎くん」陰キャ脱出エピソード×コラボSS
手持ちのカードで
とある二学期の昼休み。
友崎文也のクラスメイトである山口将は、周囲を見渡しながら焦っていた。
「……う」
今日の四時間目のロングホームルームで行われた席替え。
その結果、新たな席の八方に、話せる友達が誰もいなくなってしまったのだ。
正確に言うならば、自信をもって友達と言えるような存在は、二年生になってからできていない。
クラスに数人「教科書忘れちゃったから見せてくれない……?」と言えるくらいの顔見知りはできたものの、それもすべて顔見知り程度。つまり顔見知りと離れ離れになってしまった、というほうが妥当なところだろうか。
とにかく、山口は焦っていた。
「またお前隣かよ〜」
「うっせーこっちのセリフだ」
「学食いこー」
「おー」
そんなふうに談笑するクラスメイトたちの様子を傍から眺める。
いまはもう二年の二学期。
一年生のときは普通に友達もいて、普通に昼休みも楽しくみんなでご飯を食べていたはずだった。
けれど、環境が変わった途端一気にぼっち。
クラス替え直後の四月というチャンスを逃してしまった今、ここから挽回することは難しい。
リア充とまではいかずとも普通に楽しい高校生活を一年経験していた山口にとって、この変化は天変地異とも呼べるほどに大きなものだった。
クラスメイトは次々と友達と合流し、あるものは学食へ、あるものは机をくっつけて弁当箱を開く。
数か月前までは自分も当たり前にやっていたその行為。
そんな姿をただ眺めていることしかできない現状に、山口は歯がゆさを覚えていた。
「うっす」
ふと、席の左隣から声が聞こえる。
声の主はこのクラスのリア充グループ主要メンバーである水沢孝弘だ。
ルックスがいいだけでなく実は計算高く場を回し、クラスの雰囲気を作っているムードメーカー。山口の目に彼の姿はそんなふうに映っていた。
そして、その水沢に声をかけられた人物は山口ではなく――。
「お、水沢。うっす」
自分の席から歩いてきた友崎文也が、軽いトーンで挨拶を返す。
山口のクラスメイトである友崎。ここ最近はクラスのリア充グループと一緒にいるところをよく見かける。
というよりも山口はほとんど毎日、彼がクラスのリア充グループのメンバーと仲良くしている姿を目にしていた。
友崎は山口と一年生のときも同じクラスだった。
ただ一つだけいまと違うのは、彼が一年生のときは誰も友達がおらず、完全にぼっちだったこと。
一年のときは友達がいたのにいまはぼっちになっている自分。
一年のときはぼっちだったのにいまはクラスのリア充グループに入っている友崎。
そんな対象的な状況にどこか寂しさを覚えながらも、彼は一人学食へと向かった。
***
「……」
山口は学食の奥まった席に一人で座り、月見うどんを食べながらぼんやりと考えていた。
頭に浮かんでいるのはさっきも見た光景。
「友崎、か……」
去年までは明らかにぼっちだった友崎。
けどどうしてか今はリア充グループで楽しそうにやっている友崎。
いったい彼はどうしてそうなったのか。
友崎と自分は、どう違うのか。
山口の目から見ても、友崎は変化していた。
最も山口の印象に残っているのは、ここ最近目立ってきた、彼のクラス内での積極的な言動だ。
例えば七海みなみが部活をやめるという騒ぎになったとき、突如「一緒に帰ろう」と言い出したこと。
または文化祭のクラスの出し物決めで積極的に案を出し、次々と採用されていったこと。
それらの友崎の目立った動きは、山口の目には鮮烈に映っていた。
「……けどなあ」
正直なところ、なぜあんなことができるようになったのかはわからない。
一年生の頃までは普通に友達もいた山口は、きっかけさえあれば自分も普通に友達とうまくやれるはずだという自負だってあった。
けど、どうしてか今は、それができていない。
「なんでだろうなあ……」
考え込むようにつぶやきながら、暗澹たる気分でうどんを食べ終える。
食器を載せたお盆を持ち、返却口へ向かった。
まあ、友達がいないからって別に悪いわけじゃない。そんなことを考えながら、山口は混雑している学食の合間を縫って歩く。
――と、そのとき。
「あれ? 山口?」
ふと後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこにいたのはかつての山口のクラスメイト。
彼がぼっちじゃなかった頃に仲良くしていた友人の浅川潤だ。
椅子に座って、数人で学食を食べている。
「え、えっと……」
山口は言葉に迷う。
普段はこういう状況にならないよう、学食内は周囲に気を張って歩いていたはずだった。
しかしどこか上の空になっていた山口は浅川のすぐ近くの通路を通ってしまったのだ。
「お、おう、浅川」
山口は焦りながらも、一年前の調子を思い出しながらやっとの思いで挨拶を返す。けれどその声はどこか不自然に震えた。
「もー食い終わったの? 早くね?」
「ま、まあな」
「ふーん……」
言いながら、浅川は山口の背後に視線をやる。
そして、怪訝に眉をひそめながら、こんな言葉を言い放った。
「……一人?」
それは特に悪意のない様子で、単純な疑問として放たれたであろう言葉。
しかしその言葉は、山口の心を明確に抉った。
「えーっと、いや」山口の目が泳ぐ。「……たまたま、今日は」
「……ふーん。そうか」
「お、おう」
数秒、気まずい沈黙が流れる。
徐々になにかを察したのか、浅川は山口をじっと見つめた。
なにかを値踏みされているように感じられる目線。山口はその視線を正面から受け止めきれず、居心地が悪いように、つい目を泳がせてしまう。
そんな沈黙を先に切り裂いたのは、浅川だった。
「じゃ」
「……おう、じゃあ」
それをきっかけに浅川は後ろに振り向き、同席しているクラスメイトたちの雑談へと戻る。
あっさりと打ち止められた会話。その視線の先にはもう山口はいない。
山口はぽつんと取り残された気持ちになりながらも踵を返し、学食から立ち去った。
その胸中には妙な恥ずかしさや鬱々とした感情が入り混じり、ぐるぐると複雑に渦を巻く。
沈んで狭くなっていた歩幅は次第に広く、早足になっていき、ついにはなにかを振り切るかのように駆け出してしまう。
――見られた。
友達がいないからって別に悪いわけじゃない。
それは理屈では理解できているし、事実正しいとも思う。
けど、こうしてそんな一人でいる姿をかつてのクラスメイトに見られただけで沸き起こってしまう、正体不明の後ろめたい感情。
それに裸一貫で耐えられるほど、彼は強くなかった。
早くなった鼓動を抑えながらも、山口は逃げるようにクラスへと戻った。
***
それから数日。山口はクラスのリア充たちの様子を観察していた。
一体彼らと自分では、なにが違うのか。
特になにかやってやろうと思い立ったわけではない。
努力を始めようと決めて動いたわけでもない。ただ数日前に学食で味わった感情が、自然と彼を動かしていた。
「……うん」
そこで山口が気がついたのは、一つの事実。
ぼっちからリア充グループの仲間入りをした友崎。彼が水沢たちと仲良くなれたのはおそらく、偶然ではないということだ。
例えば、二日前。クラスのみんなで文化祭の準備をしていたとき、友崎はこんなことを言っていた。
『……じゃあ、みんなで変顔撮ってみる?』
クラスメイトの日南葵や七海みなみなどを始めとするリア充女子たちを含む面子のなかで、堂々と言い放った友崎。
クラスの端で壁に造花を貼り付けながらそれを聞いたとき、山口は心底驚いた。
なぜならそれはただ流れに乗っかって言った言葉ではなく、明らかに彼自身から発せられた新たな提案。
しかも結果、それによってそこにいるメンバーの距離が近づいていたのだから。
いままでぼっちだった人間が、なにも考えず自然にそれをやっているはずがない。
だとしたら彼は、リア充グループの仲間入りをするために、そしてそのなかでしっかりと存在感を示していくために、自分から行動を起こしているのだということになる。
「……なら、俺も」
そんなことを決意して――そしてなにもできぬまま二日が経過して今、というわけである。
山口はなにもできていないことに焦りを感じつつも、三時間目、世界史の授業を受けていた。
今日は先週行われた小テストの返却がある。
「じゃあ山口〜」
「はい」
名を呼ばれ、テストを前に取りに行く。
受け取るとそこには『29点』の文字。
30問30点満点の小テストであるため、ほとんど満点だ。勉強が得意な山口にとって、これはそこまで珍しい点数ではない。
1点だけ落としてしまったのは、世界史教師によるひっかけ問題に見事引っかかってしまった形だった。
クラスでは返却が終わるまで、「何点だったー?」「ていうか今回難しくなかった?」「わかる!」などという会話が繰り広げられている。
そこで――山口は思い至る。
小テストが終わったあと、周りのクラスメイトに点数を聞く。
それはどこの学校でも行われているであろう、自然な行動だ。
それに席替えをした直後なら、いままで聞いてこなかったのに急に聞いてきたという印象にもなりにくい。
ならここで一歩、自分から。
山口は自分の席に座る。そして隣でテストについて周囲のクラスメイトと雑談している水沢のほうへと振り向いた。
意を決して、声を出す。
「……何点だった?」
その声はたしかに水沢の耳に届き、やがて彼の顔は山口のほうへと向く。
こちらを向いてから返事が返ってくるまでの一瞬の間に、山口は息を詰まらせた。
「ん。こんな感じ」
さらりと自然な動作でテストを差し出す水沢。
山口は体がこわばるような緊張から解放されつつも、それを表情に出さないように気を張りながら、差し出された答案に視線をやる。そこには『23』という数字が書かれていた。
「あー」
勇気を出して尋ねてみたはいいものの、ここからどう会話を広げればいいのかわからず、山口は意味のない相槌のような声を出しながら間をつなぎ、水沢のテストの用紙をじっと眺める。
そのとき。山口は気がついた。水沢が間違えていた七つの問題の一つに自分が唯一間違えていた問題が含まれていて、その間違え方も自分と全く同じだったのだ。
山口はもう一度意を決し、その部分を指差す。
「……あ、これ俺も同じこと書いた」
「お、まじ? っていうかこれ、正解じゃないの?」
「あー、これはひっかけで……」
山口が回答を解説すると、水沢は納得したように頷く。
「お、なるほど、そういうことか」
「そうそう」
緩やかに、話が広がっていく。
「さんきゅ。てか山口は何点だった?」
「あ、俺はこんな感じ」
29点の答案を見せると、水沢は笑う。
「ははは。そこ以外満点かよ」
「ま、まーな」
自然と続く会話。山口にとってこうしてクラスメイトと何気ない雑談をするのは、一年生のときぶりだった。
「じゃあここの正解は?」
「あ、それはこれ」
「あー、そういえばそうだった!」
そんな具合にテストについて談笑していると、近くの席に座っていたクラスメイトの竹井が入ってきた。
「タカヒロどーだった!?」
「ん? たぶんお前の二倍くらい」
言いながら、水沢は竹井に答案を見せる。
「え! まじで二倍くらいじゃん! なんでわかったん!?」
「まあお前ならそんなもんだろ」
「ひどいよなぁ!?」
「ははは。山口に勉強教えてもらえよ」
「ん? 山口?」
勢いのいい会話の矛先が山口に向く。
「山口が頭いいみたいだからさ」
「え、俺?」
「そーなん!?」
「ああ、まあ」
山口は焦りながらもしどろもどろに返事をする。
「じゃあここは!?」
「え? えーっと、それは普通に……」
あっさり巻き込まれたリア充たちの会話の輪の中で、山口は必死に言葉を紡ぐ。
そして、竹井にテストの答えとその考え方を教えながらも、山口は驚いていた。
二年生になってからいままで完全にぼっちだったのに、こうして自分から一歩踏み出してみるだけで、こんなにあっさり状況が変わる。
それは間違いなく自分から掴み取った結果で、そのことを実感しながらも山口は妙な高揚感に包まれていた。
***
そしてそれから一週間。
「山口これは?」
「えーっと。それはまずここが鋭角だから……」
山口は席が近い水沢や竹井と、テスト返却のたびに言葉を交わす関係になっていた。
「そうそう、そんな感じ」
「あー、なるほどね」
それはまだまだ小さな変化。リア充の仲間入りをしたとはいえないし、放課後に一緒に帰るほどの関係ではない。
けど少しずつ、この二人と会話をすることには慣れてきた。
しかも、それだけじゃない。
「山口、こっちは?」
いま彼に尋ねたのは、水沢でも竹井でもなく、同じく席が近いクラスメイトの橘。
この席の周辺で、『勉強のことは山口に聞く』という流れが出来はじめているのだ。
「これは……」
そうして出来上がってきた新しい輪。
山口はその輪に交じって、『勉強ができる』というもともと持っていた武器を使って戦っていた。
状況の変化は始まったばかりで、これからどうなるのかはまだわからない。
ただそのなかで一つだけ、彼がはっきりと実感したこと。
それは、自分がなにか新しいことができるようにならなくても。
もともと持っていたなにかしらの個性を活かして一歩前に踏み出しさえすれば――思っていたよりも何倍も簡単に、状況を変えることができる。
そのことを知ることができたのが、彼にとって最も大きな変化だったのかもしれない。
「ん? 山口、それはx=4じゃね?」
「え? あ。ほ、ほんとだ」
……まだまだ発展途上ではあるが。